逆境で生まれる力

日々の記録

てめぇで決めろ

自分が悩んでいるのは、選択肢が選べる恵まれた環境にいるからであって

非常に贅沢で幸せなことなのだと気づいた。

どうしよう?って悩むけど、どっちを選べばその先がお得かで迷っているだけだから、

突き詰めて言えば、別にどっちを選んでも自分を損なうような恐ろしいものではないのだ。

悩むと一言で言っても、

自分で悩んでいる能動的なものと

誰かに苦しめられて悩まされている受動的なものがある。

後者の場合であれば不幸でしかないし、逃げるもしくは打開策を講じなければならないし、場合によっては周囲のヘルプが必要。

でも、それは1割にも満たないですよね。むしろ悩みの3パーセントくらい。残りすべては人からすればどうでもいいような、自分のこだわりのようなもの。

だから、それらのことについては究極悩むだけ損であって、どちらでもどうでもよい。

よって、悩むという行為はマゾ的に快楽として選択している行為と言える。

いやならやめてしまえばいい。

このことに気づけず、自分で生み出したものに苦しめられるというのはなんとも馬鹿馬鹿しい。

こんなことにかれこれ20年くらい悩んでいたよ。

思春期のモヤモヤが今まさに溶け果てた。

なんとも清々しい気分。

さぁ、今から悩むことをエンジョイしようか?

それとも遠慮しておこうか?